負けることから始める、真の勝利への道

敗北研究所の哲学


世の中で、勝ち組や負け組という呼び名がつけられ「なんとか勝ち組になりたい!」「負け組にいるのはいやだ、、、」
というような、非常に狭いエリアで争いをしている人が少なくない。
しかし「勝ち」という概念も「負け」という概念も、いったい何を基準に決めているのか本人に聞いても答えられない人が実に多い。
なぜだろうか?必死に戦っても、何をもって勝利とか、何をもって負けることなのかを定義しなければ、永遠に戦い続け消耗戦になってしまうのだが、 本人たちも一体何者と闘っているのかがわからないから、答えられないのだと思う。

その答えを私は、自分自身の記憶と戦っているから永遠に勝敗はつかないと、考えている。

例えば、豊になりたいという人がいる。
その人に豊とは何か?と尋ねると、家族が幸せで適度な収入があって、健康であること。 と言う。
それは、家族が幸せで収入があり、健康な家庭が幸せに見える経験を過去にしたからに他ならない。


また、「私は今年、派遣切りにあい、収入が途絶え負け組になりました」という人がいる。
その人は、過去自分が派遣などをしていない、正社員の頃の自分と比較して、現在の境遇を嘆いているのだろう。


これらの例を見ても分かるように、人は過去に経験したことの記憶から、今を評価し優劣をつける。
それが理想とは反対であれば、敗北感が脳裏をかすめ、理想であれば優越感が充満する。
人は常に進化し成長することを前提としているので、向上心がある限り、理想の自分と今の自分とを比較し、足りない何かを探しては学習したり、時には自己嫌悪する。

他者を蹴落として優位を得るような小さい概念から抜け出し、より大きな意味での勝利を目指すための智慧と技術を。
そして、さらに勝利も敗北もない概念へと向かうためのきっかけを得るために、敗北研究所を設立しました。