負けることから始める、真の勝利への道

女性が同姓とうまくやるには?|井戸端会議をしてしまう理由


女性同士のコミュニティーでよく見かけるのが井戸端会議。
これは、大昔、井戸に水をくみにきた女性達がその場で情報交換やお話をすることが語源だとは思いますが、現代でも、そして太古からも続いている風習です。
なぜ女性は会談の踊り場や公園、オフィスの休憩室、女子会など、お話が好きなのでしょうか?
これにはきちんとした理由があるらしいのです。
チンパンジーから進化したアウストラロピテクス、ホモサピエンスの子供は成長までに時間がかかります。
チンパンジーのように、森で生活し、子育てが数ヶ月で完了し、メスでも容易に木の実などの餌にアクセスできる種の場合、男女の差別化がそれほどありません。
何故かというと、メスや子供が生き続けるためにオスに頼る必要がないからです。
ところが人類は子育てに時間がかかるうえ、森での生活に敗れてサバンナに出ざるおえなくなったので、餌の確保に苦労します。
他の肉食動物が食べ残した肉を探したり、時には巨大なマンモスと闘ったりと、強靭な肉体と体力が必要になります。
そのため、メスは子育てと捕獲した餌の確保に、オスは遠征して餌の確保に回るという分業をしなくてはなりません。
また人類の子育ては10年近くかかるため、メス1人では難しく、他の家族のメス同士が協力して子育てを行う必要があります、そのため井戸端会議的なコミュニケーションを行い、お互いのメス間で情報共有したり、コミュニティーの維持のために調和を図っているのです(月経が終わっても寿命が長い人類はこのことが一つの要因という研究もあります)
その「名残り」が現代社会でも続いているのだと私は考えています。
このことはお互いに協力し合わなくてはならないメスは争いが嫌いな理由にもなり、オスは遠征して仮に獲物がいなくても、毎回凹む必要がなくなるように、鈍感になったのだと思うわけです。
お互いのメス通し、つまり現代の女性同士が公園でしゃべったり、団地の階段の踊場でお隣さんと話したりするのには、太古から続くこうした習性があるからだと思うのです。
このようなことを考えると、オス、つまりは男性が女性の髪形の変化に気づかない理由や、些細な事に気づかない理由なども許せるのではないでしょうか?、また男性は女性の「私の話聞いてよ!」という要望にも理解できるのではないでしょうか?
どのような物事にも、その背景には理由があり、きちんとした裏付けがあると思います。
私が今回書いた理由が正しいか間違っているかはわかりませんが、少なくとも、井戸端会議をしてしまうなんらかの理由が必ずあるわけで、現代最も有力な説が上記であると思われるのです。